１９９４年のドラフト１位で阪神に入団した山村宏樹氏（４９）は、入団５年目の９９年シーズンを前に、突然めまいや吐き気の症状に襲われた。異変は周囲からなかなか理解されなかった。この年から阪神は野村克也監督を迎えていたが、前年に待望のプロ初勝利を挙げた右腕は、１軍登板がないまま１０月に戦力外を通告され、タテジマを脱ぐことになった。

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　ある日突然、わが身に起こった異変を山村さんは落ち着いた口調で語り始めた。

　「もう、なんか急だったんですよ。ケガで首をやっていて、痛いなと思ってたんですけど、朝起きたら立てないんですよ。天井が回ってて、立ったらフラフラして気持ちが悪い」

　開幕を控えた９９年の３月だった。前年の９月に広島戦でプロ初勝利を飾った。「４年目で勝って、さあっていう時でしたね」と無念を感じた当時を思い起こした。

　立ち上がることもままならない体の不調。だが、目に見えず、数値に表れない症状は周囲になかなか理解されなかったという。

　「訴えても信用してもらえなかった。今だったら、メニエールっていう病気も知られてますよね。目をつぶったら自分が回ってる、寝られない、食べられない。耳鼻科へ行ったりしたけど何にもわからなかったんです」

　不調の原因を突き止めるために大きな病院に何度も通い検査を続けた。

　「ファームの遠征に行くのに、甲子園口駅から電車に乗って座ってたら、途中でフワ～ッとなってバタッて倒れたことがあったんです。先輩たちが介抱してくれて、新大阪駅に寮長に迎えに来てもらいました。そこまで信用してもらえなかったのが、初めて、まずいんじゃないのか、という感じになりましたね」

　２カ月ほど経って、ようやくついた診断名は「自律神経失調症」。医師から症状緩和のために、環境を変える転地療法を勧められ、７月にはチームを離れて一時期、山梨の実家に帰った。ただ症状は変わらず、電車に乗るのも、車を運転するのも無理だった。

　先発の一角を担うことを期待されていた右腕は、野村監督就任１年目のシーズンを１軍登板することなく終えた。阪神は前年に続く６位に沈んでいた。

　鳴尾浜で１、２軍の合同練習が行われ、野村監督が２０００年の巻き返しに向けて訓示した１０月２８日、山村さんは球団に呼ばれた。

　「８月終わりか９月頭ごろ、新聞記者の人に、そういう（戦力外）リストに名前があると言われたことはありました。そうなんですか、という感じでした。その後、黒潮リーグ（秋季教育リーグ）に行くことになって合流しましたが、帰ってきたらクビでした」

　将来を嘱望されたドラフト１位が５年間で戦力外となったことは一時、大きな騒動に発展した。

　球団側は解雇の理由をこう説明している。シーズン前に「自律神経失調症」を発症したことで、野村監督と議論を重ねた結果「将来的に戦力として計算できないのではないか」と判断した－。その日、野村監督は「野球どころじゃないやろ。健康上の理由や。もったいないなあ、ドラフト１位なのに。まず病気を治さなきゃ」とコメントしている。

　通告後、山村氏の病気の原因が、選手からの暴行だとする報道が一部であったが、球団は否定。さらに調査の結果「ある選手がふざけている時に首を踏んだ」ことがあったと公表した上で、「今回の症状と直接的な因果関係はないと認識している」との見解を示した。球団がそうした事実を公に認めたことで騒動は収束した。

　退団のあいさつに２軍に出向くと、山村さんの戦力外を知らされていなかった岡田彰布２軍監督が、球団に乗り込み異議を唱えてくれていたことを関係者から聞かされたという。「もう通告されてるし、どうにもならないじゃないですか」。だが、動いてくれたことはうれしかった。

　過去の出来事へのわだかまりについて山村さんは「全然ないです」と否定する。「あのまま、あそこでやってたら、正直、どうなってたかなとも思いますし」。退団したことで新たな道は開けていった。

（デイリースポーツ・若林みどり）

　◇山村宏樹（やまむら・ひろき）１９７６年５月２日生まれ。山梨県出身。甲府工から９４年のドラフト１位で阪神に入団、９８年９月１７日の広島戦でプロ初勝利。２０００年に近鉄にテスト入団し、同年にオールスター出場。０１年には優勝に貢献し、日本シリーズ出場。０４年の分配ドラフトで楽天入りし、２０１２年に引退。プロ在籍は１８年で２２５試合に登板、通算３１勝４４敗２セーブ、２０ホールド。防御率５・０１。今年からＢＣリーグ・山梨のＧＭを務める。