【ダービータイムズ】競馬へと誘う1週間 皐月賞3着からドウデュース逆襲の末脚
武豊騎手 3角で勝利を確信
勝てば勝つほど、重みを知る。史上最多の6勝を誇る名手も夢を描く舞台。それがダービーだ。
デビューから無敗で朝日杯FSを制したドウデュース。皐月賞で3着に敗れても、主戦は前を向いた。「難しい競馬になった。中山二千は特殊。次にダービーがなければ違ったレースができたかも分からないけど、ダービーに向けてマイナスになるレースはしたくなかった。でも、感触がすごく良かった。ダービーの方がいいだろうなと感じた」。頂上決戦への手応えをつかんだ。
自信を胸に挑んだダービー。東京コースでこそ生きる末脚を信じ抜いた。「スローペースは嫌だなと思っていたけど、流れて縦長になって折り合いもついた。いい所でいい感じで、道中も抜群の走りだった」。決め手を最大限まで引き出せるように後方で構え、仕掛けの時を待った。
幾多の名馬を知る鞍上も味わったことのない感覚だった。「3コーナーで〝これは勝つな〟と思ったのを覚えている。ダービーの3コーナーで、そう思うなんてない。それぐらい余裕があるし、後ろにいるから前も見えている。〝勝てる〟、〝慌てなくていい〟と思った」。残り300メートルから末脚を発揮し、ダービーレコードでゴール板を射抜いた。
これ以上ない達成感だった。「自信があっただけに、決めなきゃという気持ちが強かった。(現段階で)出走していた18頭中17頭が重賞を勝っていて、GⅠ馬が何頭もいる。そんなダービーないよね。すごいレベル。そりゃダービーレコードになるわって」。史上最強メンバーのダービーを制し、誇らしげに笑う。
20年が無観客、21年は入場制限、そしてこの年のダービーも入場制限が設けられたが、6万人を超えるファンの〝ユタカコール〟に名手は何度も手を振った。「久しぶりに大観衆のダービーというのが、すごく印象に残っている。ファンのありがたみを感じた。無観客のダービーは寂しかったから。見に行きたいけど行けないお客さんはもっと寂しかったと思う」と語る。
第89代ダービー馬をこう思い返す。「50歳を超えて、ワクワクさせてもらえた。オーナーとは長い友人で、馬主になられた時に、GⅠを勝てればいいですね、と夢物語を言っていたら、それが実現して。すごいところを全部勝った。ファンも多かったし、印象深い馬」。感慨深げに話し、最後にこうつけ加えた。「ダービーは特別だから」。負けられない思いで駆け抜けた格別な2分21秒9だった。
友道康夫調教師 敗戦に見た光
弥生賞ディープ記念2着、皐月賞3着で大一番を迎えたドウデュース。かつての2歳王者は勝ちあぐねていたが、この時、既にダービー2勝を挙げていた友道師に悲観の色はなかった。「負けはしましたが、皐月賞の3コーナーから上がっていく脚を見たら、広い東京に変わるのはいいなと。改めてダービーに向けて楽しみになりました」。この意見は主戦の武豊とも一致。敗戦のなかにも光明を見いだしていた。
大きな調子の変動がないタイプでダービーも万全の状態で送り出した。ただ、当日は30度近くまで気温が上昇したこともあってか、馬はいつになく落ち着き過ぎていたという。「装鞍所からボーッとしている感じで。大丈夫かなと思っていました。ゲートに入ってもおとなしかったので、豊も『大丈夫?』と心配していて」。しかし、そんな不安も一瞬で拭い去るほどの豪脚で、一気の差し切り勝ち。「イクイノックスに勝ったのは大きいですよね」と、豪華メンバー相手に堂々の競馬で世代の頂点に君臨した。
当時を回顧しながら「後日談なんだけど…」と切り出した指揮官はこう続けた。「ダービーを勝った後、豊としゃべっていたら『皐月賞で我慢させたことが、ここにつながった』ってね」。仮に早めスパートなら、1冠目での着順は上がっていたかもしれない。しかし、それだとダービー馬になれない可能性もあった。名手の〝逆算力〟もダービー制覇につながったという。
指揮官にとっては3度目の栄冠。「1回勝つと余裕が出てきます。マカヒキの時とは違いましたね」。その美酒は味わうたびに趣や深みを変え、師の胸に刻まれている。
前川和也助手 衝撃の出会い
一番近くでともに戦った担当の前川助手。ドウデュースとの出会いを「〝2歳でこんなにしっかりしてる馬いるんや〟って思った」と笑顔で振り返る。「新馬戦の時だけ別の人が担当していて、その人が休んだ時に初めて乗ったんよね。普段はポヤポヤしてるのに、〝何この動き〟って思ったのはすごく覚えている」。ファーストコンタクトですさまじいパワーを感じ取ったようだ。
1冠目の皐月賞は、4角14番手から強烈な末脚で猛追するも3着という結果に終わった。ただ、「ゴール前の脚を見て、友道先生と〝ダービーは勝てそう〟と話していたよね」と、既にこの時、世代の頂点への道筋はくっきりと見えていた。
終わってみればダービーレコードをたたき出す圧巻の結果。「本当にタフですごい馬だよ。ここを勝ったら凱旋門賞にという話があって、凱旋門賞は僕の夢でもあったからとてもうれしかった」と懐かしげに笑みを浮かべる。「僕にとって、ずっと一緒にいた相棒。あんなにスピードがあって操縦性の高い馬はいないと思う」。嬉し涙も悔し涙も、ともに流してきた最高のパートナー。切磋琢磨(せっさたくま)した日々は、いつまでも決して色あせることはない。
■今年の日本ダービー注目馬 7950頭の頂点へ最も近い皐月賞組上位
【ミュージアムマイル】2冠獲りへいざ参る
皐月賞を制したミュージアムマイルが、2冠制覇に挑む。朝日杯FSでは2着に敗れ、前哨戦の弥生賞ディープ記念は伸び切れず4着。決して順風満帆とは言えない道のりを歩み、皐月賞本番に臨んだ。発馬は無事にこなせたが、向正面でまくった馬の影響で他馬と接触し、スムーズさを欠くシーンもあった。だが、最後の直線。ギアチェンジしてからの鬼気迫る鋭い伸びで、ライバルを圧倒した。
思えば新馬戦で高い素質の片りんは見せていた。大きく出遅れ、後方からの競馬になったが、外を回りながらも上がり最速の脚で3着まで追い上げてきた。「ゲートが出ず、見ていてかなりショックでしたね」と苦笑しながら振り返る高柳大師。「そこから随分成長していますね。前走から、もまれても大丈夫でしたし、精神面も成長しているんじゃないかな。トータルのポテンシャルが高いと思いますし、オンオフの切り替えができるところもいいですね」と、着実に進化を遂げる愛馬に目を細めた。
13日に栗東トレセンに帰厩した。大一番へ向け、調整を進めていくことになるが、「馬はいい意味で変わらないです。とにかく無事に送り出したい」と指揮官。いざ、世代の頂点へ-。王者としてヴィクトリーロードを突き進む。
【クロワデュノール】輝き失わぬ2歳王者
初の敗戦を喫しても、その輝きは少しも失われていない。新馬戦から無傷の3連勝でホープフルSを制覇。昨年の最優秀2歳牡馬に輝いたクロワデュノールは、断然の1番人気に支持された皐月賞で2着に惜敗した。スタートして好位につけたが、向正面で外からまくられ接触する不利。それでも強気に踏み、残り1Fで先頭のシーンをつくるなど負けて強しの内容。王者らしい正攻法の競馬だった。
再び世代の頂点へ-。逆襲の準備は着実に進んでいる。前走後は一度放牧に出され、8日に帰厩。「体の張りはしっかり残ったまま、気持ちは一つ、リフレッシュできた。休み明けでも苦にしないが、一回使った後の方が確実に良くなる」と斉藤崇師は手応えを語る。前回の皐月賞は4カ月ぶり。間隔を詰めて使える今回は状態面で明らかな上積みがある。
デビューから手綱を握る北村友。総合力の高さを早くから口にしてきたが、「新馬の時から全部良くなっている。全てがバランス良く成長してくれた」と実感を込めて明かす。2400メートルの距離こそ初挑戦となるが、東京コースは新馬戦-東スポ杯2歳Sと2戦2勝。「中山コースと東京コース、どっちかといえば東京の方が競馬がしやすいというイメージ。距離は特に心配していない」と泰然自若の姿勢だ。鞍上にとっても、勝利となれば初のクラシック制覇。人馬一体となって、最高の栄誉をつかみ取る。
【マスカレードボール】皐月3着から得意府中へ
求められる適性の違いがこのような結果を生むのだろう。皐月賞3着馬がダービーで逆転Vを飾ったケースは、グレード制導入後の84年以降で88年サクラチヨノオー、98年スペシャルウィーク、01年ジャングルポケット、02年タニノギムレット、10年エイシンフラッシュ、12年ディープブリランテ、22年ドウデュースの7頭。今年の3着馬マスカレードボールもムードは高まっている。
管理する手塚久師は、「皐月賞3着からの巻き返しはジャングルポケットがそうだったよね。懐かしい。皐月賞の負け方も同じようだったし、東京の方が走りやすいところも似ていますね」と01年ダービー馬の名前を挙げる。ともに共同通信杯を制し、皐月賞は後方から差して3着に敗れた。共通する部分はある。
マスカレードボールは皐月賞で共同通信杯と違って差す競馬をした。これには指揮官も「あのような走り方、脚の使い方は今までになかった。びっくりしました。能力の高さを再認識しました」と驚きを隠せない様子だ。スタート後に他馬と接触して位置取りが後ろになった上に、道中も馬群の中で両サイドの馬に挟まれるアクシデントが発生。気性面が課題の馬だけに闘争心を失う可能性はあったが、心は折れなかった。「坂路調教が要因の一つ。苦肉の策だけどこれだと彼が納得する。気持ちの問題ですから」とうなずく。共同通信杯から1週前追い切り以外は坂路で調整するようになり、実戦で力を出せるようになった。
師は「どんな馬と表現するのは難しい。これまでの馬と照らし合わせてもパズルが合わない感じ。初めてのタイプです」とマスカレードボールについて説明する。何をやるか分からない。それだけに期待と不安が同居する。ただ期待の面では「自分の想像以上のことをやってくれそうなところがあります」と前を向く。世代の頂点を決める大一番でも、師が驚くような走りを見せてくれるかもしれない。